FPブランディング代表あいさつ

FPブランディング代表あいさつ


私たちは情報社会の中で、
多種多様な情報に触れる機会が増え、インターネットを通して様々な情報の入手が容易になりました。
その一方で、その情報を精査し、必要な情報を見極めることが必要とされてきています。
金融商品やお金に関わる情報に関しても同じです。
住宅ローン、教育、老後、保険、資産運用…
これらの情報を入手することは容易に出来ますが、正確で必要なことを取捨選択することは本当に大変なことです。
お金のことになると、専門的な知識が必要になり範囲も広く尚更難しいことなのです。
私たちファイナンシャルプランナー(FP)がお手伝い出来ることは、人生にとって大切な様々なお金の計画について、
専門の立場から総合的な視点を持ってアドバイスをさせていただき悩みを解決させていただくことです。
また、我が社は金融機関などの企業に属す形のFPではないため、自社の商品を優先的に販売する立場に置かれることもごぜいません。
中立的な立場からお客様にとって本当に良い選択をするためのアドバイスを包括的に出来ることが1番の強みだと考えています。
これからの時代は、長期的かつ正確な資産づくりが必要になってきます。
お客様がより良い人生を送っていただけるための一助になれれば幸いです。

代表取締役 服部 純也

実績

プルデンシャル生命時代には、東京建物/三井不動産レジデンシャル/ミサワホーム/ダイワハウス等のハウスメーカーから年間約100件ほどのFP相談の依頼を受け、実施。
独立した現在は、個人のお客様と契約を結び、特定の団体に捕らわれない立場でFP相談にあたる。

保有資格

・ファイナンシャルプランナー(CFP認定者)
・1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)
・宅地建物取引士(国家資格)

家族構成

妻・長男・長女の四人家族

代表略歴

0歳
1978年2月 東京都大田区に生まれる。
6歳
1984年 父親の仕事でマレーシア・クアラルンプールへ移住。
クアラルンプール日本人学校へ入学。
見事に風土に馴染み、自由奔放な性格になる。
11歳
1989年 小学6年生で日本に帰国。田園調布小学校で残りの小学校生活を送る。
12歳

14歳

1990年 田園調布中学校へ入学。

水泳部に入部。部活に明け暮れる毎日を過ごし、
平泳ぎ100mで大田区1位になる。

15歳

17歳

1993年 思春期の為親元を離れ、
全寮制の暁星国際高等学校で隔離された生活を送る。

進路に迷い、生まれて初めて一人旅を決行し、佐渡島へ。

18歳

21歳

1996年 東京国際大学入学後、経営学を専攻するも、
高校の時に一度だけ経験したウィンドサーフィンの魅力が忘れられず没頭し、
ウィンドサーフィンと、かさむ活動費用のためのアルバイトに明け暮れる。
やがてプロになることを決意し、渡米費用を捻出するために、
就職先に当時初任給40万円の佐川急便を選択する。

しかし、ここで転機が。
大学卒業旅行にマウイ島に一か月半滞在していた時にちょうど行われていたウィンドサーフィンの世界大会を観戦。
当時の世界トッププロたちのライディングを目の当たりにし、次元の違う実力の差を痛感。挫折する。

22歳

25歳

夢が途絶え目的を失いながらも、2000年4月に佐川急便に入社。

営業職に就く。
仕事の面白さ、営業成績が給料に反映される面白さを知り、仕事に没頭。

26歳

2004年 当時最年少の営業係長に就任し、就職情報誌などにも佐川の“顔”として掲載される。

27歳

38歳
2005年6月、プルデンシャル生命からヘッドハンティングを受け、“日本の生命保険に変革を与える”というミッションに賛同し転職を決意。
2005年8月佐川急便を退社。同年9月よりプルデンシャル生命に入社。

在職中にファイナンシャルプランナーという職業を知り、資格を取得。
プルデンシャル生命の“ライフプランナー”として活動。様々なお客様と接する中で、保険会社のFPとしての限界を感じるようになる。
「自分にとっては保険だけではなく多角的に判断できる環境こそが、よりお客様を経済的に幸せにできるのではないか。」という意識が強くなっていき、約11年間務めたプルデンシャル生命を退社。

39歳

現在

株式会社FPブランディングを設立し、現在に至る。